日課1:楽器を支配すること

ミュージシャンに必要な作業
 3月中旬の札幌。雪が舞い、空気は冷たく乾き、しかし酒と肴が旨く、人はあたたかい。東京にいる時のようなストレスも少なく、音も人の声ものびのびしている。ひとつの音楽シーンを形成するちょうどいい都市の大きさかもしれない。学生からプロまでが同じフィールドで切磋琢磨する。東京は都市として大きくなりすぎ、全てが分散し、核となるミュージシャン、店を見失いがちだ。私は、どうせ同じことをやっているのだから同じ土俵にみんな居るほうがいいと思う。レベルの差は本人次第で縮めることができる。誰がいつどんなきっかけで、いい音楽をやり出すかは分からない。
 最近、各地元のミュージシャンとよくセッションをするようになったが、ここ札幌ではその機会が一番多い。ワークショップでやっているクリニック形式のジャムセッションとは違い、れっきとした一発勝負のライブである。そんなセッションを繰り返し、若いみんなと演奏しているうちに頭の中でまとまったことがある。自分が今までやってきたこと、これからもやっていくこと、そしてみんなにもやって欲しいこととして、ミュージシャンに必要な三つの作業がある。

1.楽器を支配すること・音楽の基礎
2.コピー(名演の解析)
3.バンド活動

この三つの中に、ほとんどの事が含まれている。先ず今回は「楽器を支配すること・音楽の基礎」についてお話しする。
メトロノームとのつき合い方
 メトロノームは機械だ。電池が無くならない限り一定のテンポを提示してくれる。この規則正しいテンポの中で、如何に正確にリズム、タッチ、音色、音量 、アクセント、表情などをコントロールするかを訓練する。これは演奏者の精度を高める練習なので、その完成度は高いほど望ましい(本人の必要な限り)。
 楽器の支配度が高くないと、感情のコントロールに支障が出る。ひとつの練習仮題を3分や5分正確に弾けてもマスターしたとは言えず、20〜30分安定持続できて初めてコントロールと言える。短時間のうちは、その人の元々持っている能力でこなすことができるが、個人差はあるが、時間が長くなるほど体も疲れ、集中力も無くなり、そして自分が元々持っているリズム感と生理的に合わなくなる。しかしここを乗り越えるのが肝心だ。
 心身の疲労と反生理を超越して初めて制御にたどり着く。
 これをやっておかないとステージは務まらない。ライブでは1曲30分を越えることなどざらだし、またハプニングの連続だからだ。少しでも自然な状態を持続するために奏者は、楽器のコントロール、曲、リズム、理論などから解放されていかなくてはならない。
メトロノームは目的ではない
 こうして楽器を支配するために実に綿密な練習を重ねて行くわけだが、演奏の目的は、決してメトロノームのように機械的正確さを持って演奏することではない。
 ここが分かれ道。
 人がしゃべる時、強調したいことばはゆっくり丁寧に強く話すし、逆にたたみかけるように間を開けずに話したり、いろいろな表情を持って伝えることに努力をする。音楽も同様に、フレーズの持つ意味を的確に表現するために、そのフレーズに一番ふさわしい速さ、音量 、音色、リズムなどを用いて演奏する。クラシックはこのことが実に発達した音楽だ。タンゴもいい形でこれを引き継いでいる。このように自然に自由に表現していくことが大事なわけだが、その時に周りとの関係や、自分の位 置を見失ってはいけない。やみくもに表情を付けるのではなく、差異や効果を認識しながらそれを試し楽しむ。
 表現はコントロールされて初めて価値がある。
 自分で曖昧なことは人にも絶対伝わらない。自他に向けできるだけ分かり易く伝えるために、基準となるメトロノームを体内時計として埋め込む。精度が高い技術をもって、現場ではそんなこと何も考えずにひたすら弾く。
抑揚のある表現
 近年、ますます演奏の抑揚がその振幅を狭くしてきていると思う。楽器のコントロールははるかにレベルが上がったが、淡々と流れていく。ピコピコサウンドのあの「テクノポップ」のように、人間の感情をしまい込んだところに美意識を感じているグループが世を席巻した時代があったが、それを聴いて育った世代が今大人になっている。時計のようなドラムに三色ボールペンのようなコードサウンドを塗りたくり、稚拙なメロディをのせただけの陳腐なサウンドを、育ち盛りに聴いてきた人達に、抑揚の話は、それこそナンセンスなのかもしれない。ロリンズやモンクなどの大きなうねりを伴う音楽は、彼等には、頭ではその価値は理解できても、あくまでもひとごとなのか。
 音楽家の目的は表現だ。
 真の巨匠は、楽器や呼吸を完全に支配した上で、120%の表現をしている。だから時代を超えた普遍性をもっているし、素敵なのだ。的確に表現するためにしっかりと足場を固める、そのために毎日お付き合いしていただくメトロノームは、現代風に言えば、『ミュージシャンの必須アイテム』なのだ。 つづく。97/3/24

copyright(c)Hiroki Koichi,1997

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