日課3:バンド活動
ミュージシャンの日課シリーズ最終回第3話は、バンド活動について。
バンド活動
私は、実は17才の頃、ギターを始める前にトランペットをやっていて、その時バンドを組んだ記憶がある。トランペットは適性が無いのですぐにやめたが、バンドを作って音を出すことは楽しくて仕方がなかった。自分の家の二階の六畳一間に、ホーンセクション、リズムセクションが全て集まった。窓と雨戸を閉め切って、更に毛布をカーテンにして遮音効果 を狙ったが、たいした効き目はなくひたすら熱いだけ。そんな頃の思いも、20年以上も経った今も、楽しさやその目的は変わっていない。
〈合奏は楽しい〉
95年から始めた、アコースティック・ギター・ソロツアーをやりながら、独奏と合奏の違いが良く分かってきた。独奏は、一人であることの自由と責任重大さがある。自分の出した音が聴衆というフィルターを通 して再び自分に返ってくる。しいて言えば聴衆は共演者だし、結果的には自分との問答であり闘いである。一方合奏は、まず、聴衆フィルターを通 る前に、バンドの中でのコミュニケーションという課題がある。バンド内での駆け引きを「見せ物」にしているショー的要素がある。ここがうまく行っているときは聴衆も共感し音楽を共有する。
バンドづくり
バンドを作ろうとすると、選曲(作曲)、アレンジ、メンバー決定・依頼、リハーサルの段取り、楽器運搬、リハーサルのスケジュール、ライブの打診、ライブのスケジュール調整、集客、そこから先の営業活動、CD制作など、必然的な作業と共に無数の雑事にも囲まれる。 選曲:まず自分に合う曲を選択するだけでもたいへんだ。やりたい曲が必ずしも自分に合うとは限らない。それが一致するまで何年もかかる。そこには方向性の確立、高い表現力、技術、そして自分を知ることが必要だ。
◆アレンジ:アレンジにも高い技術と経験が要求されるが、最終的に一番大事なことは、メンバーの個性を最大限に引き出せる場を作ることだ。
◆メンバー:人とつながりを持って行く事はとても難しい。以外にここでつまずいてバンドを持てない人も多い。
◆段取り:メンバー全員と練習場所のスケジュール合わせをする。なかなか合うものでは無い。ここでもけっこう気が滅入る。ライブとなると、主催者との交渉もありもっとたいへん(どこの世界でも同じだろうが、現在の私にとってもライブのブッキングが一番たいへんな作業だ)。
◆楽器運搬:居住地近郊のライブであれば、メンバーそれぞれ自力で現地集合・解散できるが、遠方へ出向くとなるとバンドリーダーがまとめなくてはいけない。機動性と経済効率を図る。
◆集客:音楽界の競争率がさほど上がったとは思わないが、ミュージシャンの絶対数はかなり増え、多様化した。チラシ、DM、広告など自己宣伝が当然とされる時代になってきている。
◆営業活動:活動の場は自分で開拓するしかない。(私もマネージャーが居た時期もあったが、甘えて無責任になって自分を見失いがちだ。一人でやってみて初めて、自分の仕事の意味が解った。でも最近は多忙のためマネージャーが欲しい。)
◆CD:なんか作ろうものなら、その労力と資金づくりは計り知れない。しかし、それによって得られる音楽的決着や社会的反響のためにみんながんばって作る。
〈バンドリーダーはえらい〉
早い話が小さい会社の社長さんなわけだから、音楽以外のことをたくさん考えるはめになる。しかし、自分のやりたいことを実現するために、多くの苦労を買って出る。
人前で音を出そう
聞いてくれる人がいる。まずこんなにありがたいことはない。お客さんが少ない時の寂しさとやるせなさは、私も嫌と言うほど経験してきた。誰でも聴客ひしめく中で演奏したいものだ。しかし、ある頃から、先輩の言葉などからも影響され、たった一人のお客しか居なくても、全力でその人めがけて演奏するのがミュージシャンの務めであり礼儀だと考えるようになった。更には、お客ゼロでも店のマスターめがけて演奏する。たいていの土地ではそこのマスター(主催者)が一番音楽好きで、理解もあり、聞きたがっているからだ。そんなお寒い時もたまにはあるけれど、それでもライブは楽しい。
ライブは、ミュージシャンからお客へ音が提供される、という一方通行ではない。お客からもらう肯定否定反応、エネルギー、欲、などは果 てしなく我々ミュージシャンに影響する。最近良く言われるところの「相互通信」の原点だ。
〈ステージを経験しながら、責任ある状態で演奏を重ねていく〉
自分のため
年にほんの何回か、人の為に演奏することがある。お祝い、別れをするときに、喜びや感謝、哀悼の意をこめて演奏を捧げることがある。しかし、それ以外はミュージシャン(私の場合と言っておこう)は自分のために演奏する。自分の主義主張、アイディア、センス、ひいては人生・生活そのものを音に託して自分を表現する。聴衆は、そこに世の中を見たり自分を見たりする。演奏者が自分の目的に向かって、自分で楽しむために演奏する姿を見て聞いて、聴衆も楽しくなり、音楽を共有し、共存する。逆に言えば、これが聞く側の楽しみ方だろう。
音楽の現場に居続ける
演奏して生きて行くと言うことは、じつに多くのことに囲まれている。スタッフが何人居ようと事務所に所属していようと、忙しさとたいへんさは、さほど変わらないだろう。音楽の現場に居続けること、それは、人間としてあたりまえの事をする立派な社会人になって行くことだ。97/7/23
copyright(c)Hiroki Koichi,1997