全員が全員を見届ける

ワークショップを続ける

 毎年、「今年の合宿はやめよう」と思ってきた。参加者の人数が揃わないとホール・レンタル代も払えない。大勢いれば、音楽的にもよりバラエティに富み、刺激も増大するのだが、みんなにその主旨や意味を伝えながら参加を募っていくのはなかなか大変なことだ。春先は毎年そのことで悩むのだが、結局はみんなの顔を見ている内に遅まきながら「やっぱりやろう!」と重い腰を上げる。
 しかし、やっとこの1〜2年、少し安心して開催できるようになってきた。その意味あいが少しづつ周囲に浸透してきたことと、手伝ってくれる人が育ってきたことだ。
 HIROKI ワークショップは11年前、ギター教室の生徒に実際の演奏を体験させるために発足した。しかし、またたくまにどこからか色々な楽器の人が集まるようになり、私を取り巻くみんなのジャムセッションの場と化し、ギター教室課外授業の枠から独立したサークルとなった。通過してプロになった人、脱落した人、ずっとサポートしてくれている人、出戻り、一回来てみんなの前で私のコメントを受け、めげてもう来ない人。今まで何人の人が利用してくれたかは分からないが、入口と出口を開けっ放しの、非営利のサークルである。
 なぜやるか?
 「そんな後輩の面倒ばかり見ていないで自分の音楽をしっかりやれ!」と人伝えに聞こえてきたこともあったが、11年も続いているのにはそれなりの理由がある。

なぜアマチュアと演奏するのか
 やはりそれは自分のためになるからだ。
 参加者の多くは初心者、もしくはアマチュアのままでいいという人。しかしどんな立場の人でも向上心さえ忘れなければ、その環境と能力の中で確実に変遷していくことができる。また、参加者との対戦の中で私が万全でさえあれば、その人のベストの状態になり、いい時は本人が気が付かないほど良かったりする。音楽が意識を先行する。
 プロの場合、実力伯仲またはキャリアが上の人と演奏することは、感覚的には一番研ぎ澄まされた状態にはなるけれど、孤軍奮闘しなくとも音楽は成立する。少し乱暴に言えば、多少至らぬ 部分があっても誰かが補ってくれたりする、それだけみんなに余裕がある、常に全員の力によって流暢に進む、またこれによって冒険も可能だ。しかしアマチュア相手の場合は、一つ間違うとすぐに流れが止まってしまう、この状況のなかで足りないものを補いながら音楽をキープし続けることが廣木や他プロにとっても力をつける格好の環境となっている。そしてもう一つはいろんな人に会えること、時には新人発掘にも至る、これがワークショップを続けている理由である。
合宿
 今年の夏、9回目の合宿を行った。山中湖畔にある「エッグス・シェップ・スタジオ」は、本格的なプロ用の宿泊施設完備のレコーディングスタジオだ。ここのマネージャーの井上さんは、かつてミュージシャンとしての経験もある私と同い年の音楽人間。彼の全面 的な理解協力のもと、3年連続でこの場所をお借りしている。
 環境がいいから、みんないい顔をしている。50人の大所帯でもまだ余裕があるログハウス造り。人間は、その時吸っている空気、飲んでいる水、食べているもの、いる場所、にすぐ影響を受けるのだなと改めて思う。やっぱり都市での生活はおかしい。
 この自然の中の24時間音出し可能なスタジオを舞台に、4泊5日、同じ目的を持った同士の楽しい、自己との戦いでもある日々が始まる。
自分から出てゆく
 私はこの場で、多少の指導と挑発はするが、手とり足とりのおけいこはしない。なぜなら、演奏すること、ましてやアドリブすると言うことは、その人の自発性によって支えられて行くからだ。誰が楽器をやめようと、音楽家を廃業しようと、世の中は困らない。みんなひたすら自分のために、意識と精度を高めて、的確に自己表現できるように磨きをかける。その事を楽しみながら、そして音楽ならではの快感を求めて突き進み、結果 的に人と幸せを共有できたりすることもあるわけだ。
 しかし初心者に自発的にやれと言ってもなかなか大変だ、最初は楽器を抱え込んで他の人の演奏をただしゃがんで見ている。そのうち誰からとなく声をかけられ演奏の輪に入ると、ほとんどの人が自分しだいだということに気が付き、その後は自分から演奏に“参加”するようになる。
全員が全員を見届ける
 音楽をする者にとって、演奏時に交わされる情報量は、しゃべる、読む、見る聞くの比ではない。音は直接、人間の感覚、肉体に、考える間もなく浸透する。この速さと深さが、やる側聞く側の〈正直な反応〉を生む。合宿では先ず4日間、これを体験して欲しいのだ。標高1,100メートルの別 天地における音楽のみの生活、これをやらずして何をやるか。
 今年は普段私と共演している若手のプロ3人が、それぞれの個性を生かしたセミナーを開いてくれた。これらは全て分かり易いと好評で、合宿前に行ったレコーディングぼけの私を補ってくれた。
 4日目のコンサートも大成功に終わり、打ち上げで2時間半をかけて50人の感想をみんなで聞く、が全く退屈しない。それどころか驚くほどお互いを良く視ていて、自分に置き換えたりしながら、この夢のような現実の4日間を語っていた。
 私が最初から持ち続けている「全員が全員を見届ける」という影のテーマが自然に実現していた。
 キャスト、ロケーション、ストーリー全て最高だった92年小樽合宿を、私は、もう越えることは無いと思っていた が、そんなことはなかった、やはり続けてみないと分からないことがある。来年は10回目、今から開催を約束する。(1995/10/12)

copyright(c)Hiroki Koichi,1995

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