Music Workshop 2011/1 名古屋〜岡山〜広島の旅レポート
2011/02/04

▽1/27 MWS東海の場合
ここにはかつて東京の塾に来ていた近い世代の頼もしい三人のギタリストがいる。もう今となっては私が頼り切りだ。世間では私がギターに興味が薄いことを見抜かれてか、どこへ行ってもギタリストの参加者、お客さんは少ない。しかし今日は名古屋で活躍されるギタリスト青木弦六氏が来てくれた。デュオでスタンダードをやった。小気味よく柔らかく展開する弦六さんの演奏に、元塾生達も満足そうだった。他の参加者はベーシスト、ボーカリスト、女性ドラマー。ボーカリストはもちろん全員女性で、ソウルを歌う人、オリジナルを弾き語りする人、インプロも交える人と様々だ。時代は進んだ。

おかげで打ち上げは賑やかだった。平日夜3時間のコンパクトなワークショップゆえ、打ち上げは特に大事な時間となった。スタジオでの緊張が融け、疑問、質問が続出した。私は、偉大な師匠、良い先輩に恵まれたから、今は「教わった事、解ったことは全て伝える」というスタンスにいる。大いに利用して欲しい。そして打ち上げは出るべき。

▽1/29 MWS岡山の場合
今回も多種多様な顔ぶれだった。ジャズ、ロック、ブルース、クラシック、シャンソン、和太鼓、ストリートダンス。ここのミュージシャン達は他ジャンルの人達に聴いてもらうこと、聴くことを楽しんでいる。いや、他ジャンルだとは認識していないのかもしれない。音楽という音に全てを託す表現の世界。それぞれのスタイルの奥にある人そのものを視ているのだろう。

<Locking>と呼ばれるストリートダンス。リズミカルでハード、モダンバレーの優雅さも取り入れた新しいダンス。個々が即興性とオリジナリティを競い、個性を認め合い連帯感も生まれるストリートダンスは実に良い。中1女子のFちゃん、普段はヒップホップで踊るが、前日に「私が弾く即興でやってみようよ」と提案した。ビックリしてあまり寝られず、本番前も小鳥のようにお母さんの側で不安に駆られていた。聴いたことがないアコースティックギターの演奏、私だって弾いたことがないことを弾いているんだよ。最初は戸惑ったが、次第に身体が動き始めた。彼女から「あ、何でも良いんだ!」と無言のメッセージが聴こえた。若い人は速い、彼女がリードする場面も生まれた。お互い即興をしながら「そろそろ終わろうか」のテレパシーも通じた。もう一曲、委員長T氏のドラムスと私が下手なベースを弾いてファンク。こちらはいつもやっているビートとあって最初から躍動した。創造性溢れカッコイイ。初参加で大喝采を浴びた。それを横で観ていたFちゃんの兄は静かに奮起した。兄D君はハンディを持つ。小さいときに母親に泣きながら「ドラマーに成りたい…」と懇願したという。彼には天性の求心力と説得力がある。当然音色も太く、バスドラはおなかに響く。17歳になって体力も付いたせいもあると師匠の弁だが、5分以上にも及ぶ色彩溢れるみごとなドラムソロを聴かせてくれた。2年程のお付き合いだがこんな長尺の、それもパワーが落ちずアイディアが尽きない演奏には驚いた。こちらも拍手喝采。そしてみんな泣かされた。本人の努力と師匠の指導、家族の支えの賜物だが、今日は妹のダンスが刺激になった。命の連鎖だ。早い時間に若い二人が高いパフォーマンスを見せてくれたことによって、私を含め大人達が後には引けない状況が創られた。

▽1/30 MWS広島の場合
ここにはピアニストなかにし隆氏を中心としたジャズシーンがある。氏を慕いジャズを好むピアニスト、ボーカリストが集う。人口が多ければそのシーンはスタイルごとに分割されていくことは必然的に起こりうる。更に人口が多い我が東京などはもっと細分化され、そうなると本質的に自分に合う人を見つけるのが難しくなる。考えやセンスを共有できる人に出会うのにカテゴライズが邪魔をする。どうすればいいか。常に何かしらの形で表現し続けていないと出会いが生まれない。日本人が苦手なアピールだ。大都市の欠点と、その打開策を他地域に行って知る。

上記の心配を余所にここではスタイルが近い者同士がしのぎを削る。ほんの少しの違いや差に自己を見いだす。この、ちょっとの違いというのは、上手く修正、改善できれば本質に近づくチャンスを掴める。どんな分野でも最後はこの小さな差で勝負する事になる。最後まで諦めず走りきった者が勝つ。大江健三郎氏曰く「もっと注意深くなくてはならない」、イビチャオシム氏曰くの「90分走り切れ」があらためて突き刺さる。

6歳の女の子が日本語の歌詞でロックンロールを歌った。ワークショップ最年少記録だ。「みなさん、どうもありがとうございました」に沸いた。年配で楽器を遅く始めた方々も来て下さった。ご決心に敬服。ご本人達は自分の演奏に不満が多いとのことだが、私は一概にそう思わない。発せられる音や声の向こうに視えるものが一味違う。音が全ての音楽。しかし実際はその先にもう一つの世界がある。

2011年頭から大きなチャンスを戴いた。一人一人、一曲一音に教えられる。

あとがき:五日間よく呑んだ。初日に旧友に囲まれたことがきっかけとなって、人のせいにしながらそれは毎日続いた。話しても話しても尽きない。ミルトン ナッシメントの名曲<Encontros e Despedidas>(出会いと別れ)が頭の中でずっと鳴る。理解が深まるほど音が響き、別れは厳しい。110204(廣)