ピッキングは精神力だ! <CDセカンドコンセプト/高柳昌行(JINYADISC B-1920)ライナーノーツ>
2009/07/31

<右折十年>…大巨匠の口から出てくるとはとても思えないこうしたダジャレが緊張する周囲を和ませる。髙柳の演奏や厳しい言動を知る方にとってはちょっと意外だろうか。ジャズはそもそも、その主題(theme)や音節(syllable)をもじって次のフレーズを生み出し連鎖させていく音楽。まねして、ひねって、皮肉って、先取りして、…こうしていくうちに言語野も鍛えられ言葉も次々に出てくるようになる。ジャズミュージシャンはダジャレやごろあわせが得意だ。そんなときに右折十年みたいなフレーズがパッと出たりする。しかしこれ自体に意味が無くてもそれが当て馬になり、また次へのヒントになる役割を果たしたりする。無駄でもなく無意味にも終わらない右折十年。やはり緊張は融けない。

【髙柳語録】
高柳は常々<人間読み書きが基本>と言っていた。<優れた即興演奏家はしゃべりも面白い、文章も上手い>高柳は音列と文章が作り出されることの、脳内での関連性の深さを早くから知っていた。多読多聴の奨励。塾生は作文の提出も毎回必須。<書けもしないのにアドリブが作れるわけがない>という教え。

<リズムが一番大事だ>高柳の演奏を良くお聴きの方は、そのリズムに魅了されていることと思う。洗練されたフレーズを更に瞬間瞬間絶妙のタイミングを選んで弾く名人の領域。ここで言うリズムとは、一音一音のタイミング、音質、音色、音量 を注意深くコントロールすることだ。同じフレーズを弾いてもリズムが良い人の方が良い。最後の仕上げはここで決まる。 (続きを読む…)

しつこさと品格 <音楽塾コンサートに寄せて>
2009/05/11

前回のコンサートの冒頭に演奏の心構えとして話したことが今回のテーマとなった。「しつこさ」とはジャズ及び即興演奏においてはどういう意味か…。半年経ったいま再考する。

欲:ジャズはそもそも喚起力や連動性をもって、互いに今出した音やアイディアを次の瞬間越えようとする意識や欲が原動力となって発展してきた。この100年、「おまえのアドリブも悪くはないが俺のアドリブはもっと良い」「こっちのハーモニーの方が新しい」「昨日のテンションは今日のテンションではない」…とリアルタイムに新しい価値観を見いだし切磋琢磨してきた。また芸術の基本である「過去の自分を捨てて先を目指す」も重要だ。もっと面白いこと、もっと鋭く、もっとカッコ良く、もっと深い世界が…、ときりがない。演奏の現場は探求、求道などという高尚なものではなく、生々しい存在欲で溢れる。 (続きを読む…)

日伯交流移住100年目の差 <音楽塾コンサートに寄せて>
2008/11/09

ブラジルもののライブCDを聴いていると、クライマックスにさしかかった頃の聴衆大合唱が印象的だ。聴衆はまるで第二の国歌であるかのように自然に能動的に歌う。本当にその歌を愛し、歌手を讃え、共有を喜び合っている様子が伝わってくる。それは人種、世代、主義主張を超えたところにある。誰もが納得のうえ発することができる言葉と、みんなが好きなメロディがそこにはあり、国民的普遍性と国力までをも感じる。…私はジェラる。日本にはこういうのはないよな…と。 (続きを読む…)

追悼・ギタリスト大出元信 <不世出の天才リズム・ギタリスト>
2008/07/26

大出と私は30数年前に出会った。楽器店のスタジオに毎日のように出入りし、お互いプロを目指し、厳しくも楽しい日々を送っていた。大出は時を待たずしてドラマー・古澤良治郎さんに出会った。それも演奏の場ではなく、町でだ。勘の鋭い古澤さんは、一音も聴かずも、すぐに大出を自分のバンドに引き入れた。当時、古澤さんの音楽はスイングだけではなく、レゲエやカリプソなどのリズムを幅広く取り入れ、オリジナル曲も多く、ワン・ホーン・カルテットにギターが必要になってきたころでもあった。古澤バンドに入ってあまり時間が経たぬ内に、大出は本田竹広pさん(故人)率いる「ネイティブ・サン」に入った。ここで数多くのアルバムを残し、世界中を駆けめぐった。スケジュールがバッティングすることが避けられなくなった古澤さんは、次のギターを探した。その時サンババンドで弾いている小僧ギター(ギター小僧ではない)に声をかけた。それが私だった。大出は「廣木なら知ってますよ。」とか言ったかもしれない。ここから違うバンドで、ほぼ同時にプロとしてスタートすることになった。 (続きを読む…)

想像力は創造力 <音楽塾コンサートに寄せて>
2008/06/01

電車内でビューラーをする女性のイラストが描かれた東京メトロのマナー・ポスター「家でやろう Please do it at home.」が面白い。電車内化粧の姉さんは、化粧をして行く目的地が彼女にとっての社会であって、化粧をする電車の中は社会ではない。耐震偽装、毒入り食品、各虚偽報告、数え上げたらきりがない人の迷惑顧みず事件。自分がやったことの周囲や先に、何があり何が起きるのかという感覚がない。公共という概念、意識が年ごとに希薄な世へと向かう。私はこれらはすべて想像力の欠如からだと思う。 (続きを読む…)

ジャズの本来 <音楽塾コンサートに寄せて>
2007/11/22

ジャズの魅力の一つに、すぐにセッションができて、初めて同士でも楽しく、また激しくやり合えるところがある。ジャズに必要な演奏上のルール、センス、知識、技術を持ってすれば、肝心な“個人を表現”する部分は、現場でのその人の集中力とコミュニケーション力によって結果を得られる。という私は、諸先輩方に揉まれてきたとは言え、セッションの中で雑草のごとく、踏まれる麦のごとく生き抜いてきたわけではない。どちらかというと、自分の中に漠然と「イメージ」や「欲」があって、それを実現、具現するために、音楽、それも最も自由なジャズという手段を選んだのだ。だからギターはその次に来る”道具の選択”だったのだ。まぁそんな不敬なヤツの話は良いとして、今年の旅の最後に象徴的かつ懐かしい、またあるべき姿のジャズの現場を観た。 (続きを読む…)

しつこさ <音楽塾コンサートに寄せて>
2007/06/24

先日、演奏旅行先で元生徒三人に囲まれて、幸せなライブと宴を味わった。うち二人は20年以上のつき合いになる。そんな昔から興味を持ってくれたことに感謝し、若い頃の拙い指導に申し訳なさを思いながらも、話は弾み酒も進む。本だったら何度も改訂版を出していることだろう。しかし仕方がない、その技術や方法論は時間と経験のみが生み出す物。もう近くにいない人たちにも、こんな私の考えでお役に立つのであればなんとか伝えたいと思う。 (続きを読む…)

あのころ <リー・オスカー&良治郎バンド・ライブ>
2002/08/12

リー・オスカーharm. 古澤良治郎ds. 峰厚介sax 大口純一郎p. 佐山雅弘syn.
大出元信g. 上村勝正b. 廣木光一g. 川村年勝Produce, 池上比沙之M.C&Coordinate

2002年8月8日at東京・江古田BUDDY
江古田駅南口はとても狭く放置自転車でいっぱいなので車で行かない方がいい、という事前連絡をスタッフからもらっていたので、初めて赤帽を頼んでみた。家から一番近い赤帽さんは幸運にも経験豊富、完璧な抜け道を知り、協力的で極めて安価だった。赤帽は助手席に乗せてもらえる。アンプ一式とギターを荷台に載せ、幌の隙間からギターが落ちはしないかと少し気にしながら、この道20年の赤帽のおじさんに運送業界のいろんなことを聞きながら走った。軽トラック一台で始められる赤帽にはこの時勢転職してくる人が多いらしく、中には道も知らない、荷物もろくに運ばない、幌を低くして荷台を小さくし車の台数を稼ぐなど質(たち)の悪い新参者もいるとか。話し込んで江古田に着く直前に右折と左折を間違えて隣の桜台駅に向かってしまったおじさんはすっかり恐縮、他よりはるかに安い料金から更にまけてくれようとした。 (続きを読む…)

私の四大ギタリスト <音楽の出どころ>
2001/06/24

こういう話題はそもそも得意ではないので今までさけてきたが、私の音楽に関する思い方考え方を話すのに分かり易いたとえとなりそうなのでお話する。以下に登場するギタリストたちは、私が考えるところの”最も音楽に必要なもの”を持っている。ゆえに私にとって最高のギタリストなのだ。

【アタウアルパ・ユパンキ】
アルゼンチン・フォルクローレ弾き語りの巨匠。その音色のすばらしさは、あのセゴビアでさえ早くから最高位の形容をしていたほどだ。美しく優しく頼もしく、そしてもの悲しい。歌声もしみじみと聞き手の心に深く入り込む。生活、人生をなに取り繕うことなくそのまま歌い奏でる、彼の人間性、背景がそのまま見えてくるようだ。その深さと自然発生度が一級品なのだ。そのセゴビアを聴いてみたら、意外にもその動機に疑いを持ってしまった。技術、音色、解釈、存在感、なにをとっても不世出のクラシック・ギタリスト、セゴビア。しかし、ユパンキからにじみ出てくる「これしかできないんだよ・・・。」とでも言っているような、なにものにも代え難いアイデンティティは聞こえてこなかった。 (続きを読む…)

歌手とギター
2001/01/24

楽器は何でも良いからとにかくジャズをやりたかった私は、18歳と少し遅いスタートでもあったので、今から何とか間に合う楽器は何かと不純な動機でギターを選んだ。だからギター・フリークでもなく、ギター・アイドルもいなかった。師匠高柳に人間と音楽の基礎をたたき込んでもらったが、表現奏法、ニュアンスなどにおいてはアイドルとしてのお手本がいなかった。考え方と楽器の基礎ばかりやっていたので演奏に必要な“センス”はなかなか身に付かなかった。しかしそこは一方、興味の矛先が外ではなく自分に向かっていたことも原因した。アイデンティティを求め自作自演を繰り返し、頭の中はほとんど自分にとっての「歌」が支配していた。聴くものと言えば歌が大半を占める(歌のように聴こえる楽器奏者の演奏もこれに準ずる)。私のいまの弾き方のルーツは何かと聞かれれば、迷うことなく”大勢の優れた歌手たちからの影響”と答える。 (続きを読む…)