ごたく!

 GOTAKU

文字通りのごたく・・・

2008年 >4/17 >5/27 >6/1 >6/27
2007年 >4/8 >5/15
2006年 >1/15 >2/11 >3/16 >4/15 >5/16 >6/15
2005年 >1/22 >4/9 >4/25 >7/25 >9/10 >10/13 >11/27 >12/15

※「エッセイ」は上の紫色のバーの「ESSAY」をクリックしてご覧ください。

2008/06/27

【練習は若いウチ】

 ライブの後に間髪入れず「氷下さい」と氷嚢で肘を冷やす。
最近はG-Upして運動選手が使うクーリング・セットを導入。
これで氷さえ戴ければ腕に巻き付けた状態でクールダウンをしながら
CDにサインしたり、お客さんと話をしたりできるようになった。

 30年のツケが出た。
薬指、小指を動かす筋肉の付け根=肘が炎症、ゴルフ肘と言うらしい。
ちなみに、親指〜中指に関する炎症はテニス肘。
私は奏法的に”ゴルフ側”を多用する。
3年ほどかけて徐々に痛み出し、演奏中にヤバイと思う日も、もう弾けないのか、と思う頃も…。
近所の整形外科(二軒)では「休ませるしかないですね〜…。」
とラチあかず、また呑気。
ありがたくも友人に肘の専門医を紹介してもらって半年。
新薬(胃も荒れない)の効果もあり、
そしてなによりその”冷却”に勝る治療は無いことを知った。
投手がベンチに返って肩に巻いている”あれ”。
今は終演後、恥も外聞もなくクールダウン30分!
お蔭で次の日も問題なく演奏可能に。
広島〜九州10日間ツアーも乗り切った。
皆様の御心配に感謝感激。 (廣)

2008/06/01

【想像力は創造力】〜番外篇 School Concert に寄せて〜

 電車内でビューラーをする女性のイラストが描かれた東京メトロのマナー・ポスター「家でやろう Please do it at home.」が面白い。電車内化粧の姉さんは、化粧をして行く目的地が彼女にとっての社会であって、化粧をする電車の中は社会ではない。耐震偽装、毒入り食品、各虚偽報告、数え上げたらきりがない人の迷惑顧みず事件。自分がやったことの周囲や先に、何があり何が起きるのかという感覚がない。公共という概念、意識が年ごとに希薄な世へと向かう。私はこれらはすべて想像力の欠如からだと思う。

想像力は、漠然と何かをイメージするだけではなく、現時点より先の時間または過去の時間、また目に見えない空間、物事の反対側などを空想、予想したりする力。そこには自分の行為、行動が起こす影響、時にはおもいやりなども含まれる。車の運転一つとっても危険を回避するには想像力が要る。想像力低下の原因の一つに、ボタン一つで好きなものに辿り着くことができる超レコメンド世界にあることも大きい、考えなくて良いからだ。想像という行為、状態は、予想、期待、広がり、工夫、選択、変更、諦め…さまざまな感覚、アクションを喚起する。それらがものを創造するときのヒント、動機、パワーになって行き、この連動した過程の中から創造物が生まれる。想像力は個人差もあれば訓練の差もある。反応の訓練というのも重要、模倣や反復練習でしか体得できない境地もある。よぎったことを一番にする勇気、決断力を持てるか。特に日本人の多くはそこで迷うはずだ。残念ながら幼児期からそういう風土にない。昨今、各国の災害や政治状況を視ても、あらためて教育が一番大事と言うところに結論は辿り着く。“思いついた”ってことが財産で、“それを膨らましたものがオリジナルなんだよ”っていう価値観定着にこれから何年かかるのであろうか。一転、音楽はリアルタイム・アートなので今日にも実証は可能だ。 (廣)

2008/05/27

【不意打ち喰らう】

 152本の保護されたしだれ桜。一本でもあれば名所になって人が集まってくるというのに、非保護樹木を併せれば何本あるだろう。樅、ブナ、楢、大樹に囲まれ古い町並みがそのまま残る。東北の小京都ともいわれ電柱一本無い武家屋敷の町、ここ角館は観光客も多い。桜は終わっていたが新緑真っ盛りの時期に行った。13年ぶりに訪れたが、みえるもの味わうもの分かることが全然違った。主催者のお母さん達が造ってくれたタケノコ・マイタケご飯、山菜盛り合わせは至福の昼飯。“しどけ”は山菜の王様だとか。…盛岡に三泊。中日はオフ。が歴史的な一日となった。30年世話になる東北の智将S氏に言われるまま二人でバスに揺られること一時間。着いた先は小岩井農場先にある鞍掛山(標高897.1m)の登山口。え…登るの、、、。寡黙なS氏の背中を信じて1時間10分。頂上に着いたら目の前にあの美峰岩手山があった。「これをみせたかったんだよ…。」言葉少ない男の一言はカッコイイ。最初の30分はさまざまなこととの葛藤だった。自信がない、経験がない、オマケに昨日は3時まで呑んでいた。確かに足は疲れたが、心臓、呼吸は大丈夫だった。意外にも一番疲れたのは目だった。急斜面や根っこ、木造り階段の安全な足場を確保するために目を凝らした。往復約2時間半、長めのライブっていうところか。実は初登山(といえるような山じゃないのだそううだが)だった。楽器の練習は疲れたり飽きたらやめる。知らないうちに他のことをやっていたりする。しかし山では後に引けない、そして到達したときの感動。こんな凄い出来事が、まったく無防備な二日酔いのオフの日にやってきた。(廣)

2008/04/17

【タンゴの町】

 気がつけば約一年サボっていたこのコーナー。2007年はライブが私にしては多く、音を出していると文字数が減る反比例もあって、次第に書かなくなっていた。でもどういうわけか地元のハナミズキを見ると書き出す、今年もキレイだ。…地元と言えば、ここ初台南口界隈は新宿から約1.5kmと聞こえは良いが、新宿から離れるに連れ閑散としだし、到着すればちょっと地味な商店街。スーパーなし、飲み屋も数えるほど、喫茶店といえば例のあれ、牛丼屋一軒…。初台村というより新宿圏内の一番端っこなのだ。隣の幡ヶ谷に行くと都内でも有数の商店街があって生活感に溢れ、それは羨ましい。そのもの悲しい初台南口商店街に流れる音楽が去年の秋ぐらいからなんとアルゼンチン・タンゴなのだ。ピアソラ、プグリエーセなど私の愛奏、愛聴曲であるのは嬉しいが、ここで聴くのはなんともね…。独特のパトスを滲ませ、どこかへの底知れぬ郷愁を感じさせるアルゼンチン・タンゴ。あまりにもマッチし過ぎて足が止まってしまうような商店街。いつもつい聴き入って、そして何かを考えてしまう。(廣)

2007/05/15

【不健康便り 1】

 初台のハナミズキは私の心配をよそに今年もそこそこキレイに咲いた。
1900年代初頭に米国に贈ったソメイヨシノのお返しにと渡ってきたらしい。
花粉症の季節もようやく落ち着いてきた。
近年は耳鼻科Drの指示で予防注射をしていた、通例6〜10回打つのだと。
10回もの注射を打つ気にはどうもなれず、例年4〜6回程度で終わりにしていた。
大体そのくらいで凌いでもいた。今春は5本打った。
その後三日間のツアーに出て、心地よくクタクタになって帰宅。
久しぶりにカツ丼を食べた後に事件は起きた。
食後、体は沸騰したように熱くグラグラして起きていられず寝込む。
血糖値急上昇。薬局で試薬を買って尿検査。
三日間連続・尿糖赤信号!(最高レベル)
20歳しか違わない両親が糖尿の私は、早くも俺もか…と、もう人生最終章のような気分になった。

 運良く近くに糖尿の専門医が開業していた。
早速検査…一週間後、、、これまた運良く糖尿予備軍の予備軍ぐらいとの診断だった。
しかし一親等に居る場合は注意しないと確実になると。アルコールによる中性脂肪が多いとも。
よーく分かっていました。
ではなぜそんな急に糖がでたかというと、それは、
花粉症注射のステロイドはインシュリンを出さなくしてしまうらしい。
いまはステロイドが抜けたので血糖値も元に戻った。
花粉症も私の場合軽度なので24時間に一度の薬でOKだと。
この先生、ついこの間まで大学病院で教授をされていた大先生だった。
何から何までご指導頂き、勇気づけられた。(散歩のコースまで)
狭いのでベッドの位置は変えられないが、足を向けて寝ていない。
事なきを得たが、あまりに大きなショックだったので酒を控え、
食事もほどほどにし、一ヶ月で3kg痩せた。あぁ単純。
この夏、リバウンドせずに乗り切れるかが次なる難関。(廣)

2007/04/08

【花】

 花の季節がやってきた。
花を観ると、何かを思い出し、何かを言いたい気になる。
自分の中で「自然」にこたえようとしている。それが何かはわからない。
幸いにも小さい頃に四季の恵みを充分に受けた事は大きい。
今の子達にはなかなか無い、豊かで厳しい自然環境、すなわち田舎。

 聞いた話によると、虫の声などの自然音を聞いたとき、
日本人と外国人は反応が違うそうだ。
日本人は、気持ちが落ち着いたり、懐かしく思ったり、
いろんな情緒的反応をする。方や外国人には、
うるさかったり、イライラしたりと、騒音に聞こえるらしい。
そういう民族であったことは嬉しい限りだが、
逆に我々が思い奏でる情感が、外国人には伝わらないこともありそうだ。
一方では虫の声がノイズに聞こえる日本人の子どもも増えていると…。

 今年のこぶしは綺麗じゃなかった。桜は咲き揃わず、ツボミと葉が同居した。
暖冬のせいだろうか…、冬は寒くなくてはならないのだろう。
ハナミズキの出来が心配だ。

 気が付けばこの頃になると筆を執る。頭の中がちょっと文字モードになる。
逆に一切読み書きができない時期もある。
なんと極端で単純な脳構造かと我に呆れる。
しかしその単純な中にも理由があって、上手く説明はできないかもしれないけど、
自分の中ではけっこう合点がいく。   (廣)

2006/06/15

【ブラジル音楽】

 生活はドイツ時間。
日本が初戦でオーストラリアに負けた後、数人の方から励ましのメールを戴いた。
ありがとうございました。…ん?
 普段からスポーツの話ばかりしているからこういう時にすぐ思い出してもらえるようになっていた。
まずい、本業で思い出してもらえるようにならないと…。

 最近ソロの時はほとんどブラジルの曲を弾いている。
一生かけても網羅することは先ず不可能であろう豊富な作品群。
無数の名曲は極めて個性的な数多のアーティスト達から生まれる。
広大な大地からリズムが湧き出る。
南米人、ポルトガル人、アフリカ人の混血社会もパワーを生む。
ブラジル貧民窟の腐敗社会を描いた映画「Cidade de Deus (City of God)」にあるような
大きなマイナス面も、輝かしい表の裏か。
“世界一音楽的な言語”と言われるポルトガル語のリズムも魅力。
芸術の基本である「重複を避ける」「説明を嫌う」が進んでいる。
喚起力を伴う展開が魅力のジャズとは好対照。
美味しい物を少しずつ楽しむことが好きな日本人に向いているかも。

 映画と言えば、「ホテル・ルワンダ」はやっぱり良かった。
1994年、アフリカ・ルワンダにおける民族対立で100万人が虐殺。
その最中、1200人以上を匿い救ったホテル支配人の勇気ある行動の実話。
ルワンダの杉原千畝。世界中で話題になるも、日本の配給会社はどこも反応しなかったが、
一人の若者の力で、現在一般上映がなされている。 (廣)

2006/05/16 【今日は本の話】
 5/15待望のサッカー日本代表のメンバー発表があった。緊張して待ち、心して発表を聞き、かみしめ終日あれこれ考えた。私のコンピュータ内のスケジュール帳は、ライブ=緑、レコーディング=紫など、そしてサッカーはもちろん青。WCup期間一ヶ月は真っ青なスケジュール帳。あぁ、人生の目的がサッカーになっている。
すっかりスポオジに思われてもしかたがないが、今日はここで大きくサイドチェンジ。
最近読んだ本をご紹介。

☆[国家の品格・藤原正彦著]新潮新書 (141)
 読んでいくと、「小さい頃はそうだったよなぁ…。」と思われるくだりに多く出会う。日本には元来良いところがいっぱいあったのに、少しずつ価値観がねじ曲がって、大切な部分が無くなり、個性のない、可能性の低い国へと向かっていっている…と言う著者の警鐘。
「弱い者いじめの現場を見たら身を挺して助けろ。」「大きい者が小さい者を、大勢で一人を、男が女を、武器を手にして殴ってはいかん。そして相手が泣いたり謝ったらすぐにやめる。」と父親(作家新田次郎氏)に習った。それらの理由はただ一言「卑怯だから」。
本業は数学者と言うが、多分野に渡る造詣の深さ、読書量には驚かされる。続編「国家のけじめ」もおもしろい。

☆[食品の裏側・安部司著]東洋経済新報社
 食品添加物の会社員としてその業界のトップまで登り詰めた。どんな味でも、どんな色でも、どんな防腐剤でも作れるようになり、食品業界から引っ張りだことなった著者。ある日我が子が、自分が開発した食品を食べているのを見て、自分も消費者であることに気づく。即退社、添加物の内情を告発、食の安全を訴える活動に入った。無添加の食べ物は確かに高い。しかしここにお金をかけようと思わせるリアルな本書の内容。…有名パン会社の社長さんが自社のパンは食べないのも有名な話。私も食生活がかなり変わった。

☆[さらば外務省!・天木直人著]講談社+α文庫
 こちらも暴露本。外務省官僚であった著者は、お役所の中での普通では表に出てこない許し難い事例をほぼ全て実名で公表。終章で「外務省との絶縁宣言」もしている。こんなに書いちゃって大丈夫なのかと心配になる。多少語気が荒く感じられるのは、こちらが“それほどでもないんじゃないの…”と呑気に考えているからだろうか。差し引いて半分、いや三分の一だけが真実だったとしても国民としては許せない。

三冊通じて、普通の感覚の優れた人がいることが分かっただけでも嬉しい。(廣)

2006/04/15 【調整、公平】
 プロ野球が開幕して二三週間。WBCでの活躍そのまま好調を維持する選手。参加したことでいつもと違う準備状態でシーズンに入ったことでペースを乱した選手。参加を切望されつつも辞退し、自己の調整に集中それに成功して、快調なスタートを切った選手などさまざま。サッカー・ワールドカップ、オリンピックのような短期決戦と違い、ペナントレースは半年の長い闘いだから、シーズンへの入り方や持続の調整がいかにたいへんかが伺える。応援する方の持続もたいへんだ。

 WBCの開催時期も問われている。選手の調子が出てくるシーズン半ば説、シーズン終了後説。そうなると“じゃ、南半球の国はどうなんのよ”という声も出てくる。なかなか世界統一規格は難しい。時期と場所を交代でやるしかないのだろうか。南半球時間優遇には黙っていない国もいくつかありそうだ。ワールドカップだって前日韓大会をなぜよりによって梅雨時にやったんだろう、という一般日本人の素朴な疑問。伝統と実績がある国の壁は高い。WBCで優勝しちゃった日本が今後どこまで発言できるのか。サッカーももっと強くなんなきゃね。
いずれにしてもこちらはシーズンオフより元気にしてもらっていることは確か。

【舵取り具合】
 サッカーは監督のビジョンが凄く大事。システムと戦術を綿密に練り上げ、反復練習して試合に臨む。始まってしまえばあの広いピッチだけに選手の自己判断と想像力が試されてくる。何万人の大観衆の中で声も届くか届かないかの監督業というのは、歯がゆさとの闘いでもあるだろう。
 “音楽は自由で良いよね”と思われがちだが、それだけでもない。始まる前に最低限のルールは決める。ここで大事なのはやはり舵取りの度合い。決して押しつけてはいけない。
私もかつては自分のことに精一杯で、また自分のイメージが硬くて、メンバーの長所を生かせず、
バンドを機能させられなかった。リーダーは、自己の美意識を貫くことではなく、メンバーの個性と潜在能力を引き出して、互いに響き合う方向に向かうきっかけを作ることが役目かと。そうなれば指示は不要となる。更に、その結果生まれた音楽を楽しみ美しいと思える、柔軟な受け皿が求められる。
そしてバンマス業も時に歯がゆい。(廣)

2006/03/16 【スポーツと芸術】
 小さい頃運動は得意な方ではなかった。
運動神経が鈍いわけでもなかったが、臆病も相まって体の使い方が下手だったようだ。
だからどんな競技に対しても不安ばかりが先立ち入っていけなかった。
大自然の中で育った割には頭でっかちだったのかも知れない。
そんな子供が今じゃどこにでもいるスポーツを良く語る中年だ。
 筋肉、関節の使い方、バランス、トレーニングの方法、集中力。
多くのことが楽器が上手くなることと共通していた。
音楽での経験と技術を通しスポーツのそれを少し理解できた。
選手経験のないサッカー監督がいるということもちょっと分かる気がする。
 スポーツは楽しく、興奮し、そして技術、肉体、精神について教えてくれる。
選手の人生はその生命の短さからミュージシャンのそれを何倍にも濃く煮詰めたようにも視える。
ある一定の年齢までの勝負というのが迫力となって伝わってくる。
芸術家は健康でさえいればかなりの年まで表現し続けられる。
凝縮された選手生活に憧れさえ持つ。
 私は最近スポーツと芸術が一番大事だと思っている。
スポーツはルールの中で競い合い、芸術は新しいルールを創っていく。
鍛えた肉体と精神を一つのルールの中でぶつけ合う。
試合や競技会という一つの小社会の中で高め合い競い合う。
逸脱した者にはペナルティが課せられる。分かり易い。
片や芸術は創作の過程で価値観が変遷し、ルールも更新される。
もっと良いアイディアがあればそっちにしよう。
発展した物に対し問いかけ応え続けていくのだから当然の結果だ。
合奏などのリアルタイム共同作業の場合、その素早い変化には
うかうかしていられない。この変化と先進性が最大の長所。
 「ルールを守って思いっきりやろう!」のスポーツ、
「自分やみんなを生かすルールを創ろう!」の芸術。
これを教育の根幹に置いて、スポーツ&芸術省もできたらいいな
などと大層なことも考えてしまう。(廣)

2006/02/11  寒風肌を突き刺すも日差しは春。
あったかいんだか寒いんだか分かんない、お調子者の私が失敗しそうな難しい季節。
 この冬上手くいったことがある。
カゼをいつひくかが分かった。それは明け方。
(なんで50年近くも分かんないんであろうか?そっちの方が分かんない。)
呑んで未明にはだけて、でも室温は外気に近い。結果は当然。
(そう、酔ってるから分かんなかった。)
北海道など寒冷地は二重窓があたりまえだったりするが、
関東でそういう話はあまり聞かない。家の中は東京の方が寒い。
 オイルヒータ※を買った。大正解。空気汚れず暖まりカゼひかず。
そういえば中学生ぐらいの頃買ってもらった記憶がある。
能書きに「30年に一度オイルを交換して下さい」とあった。
欧州文化は凄いなと思った。今あれば一回目交換後使用中だった。
どうして無いんだろう、あれは…。
電気代は数千円急騰。しかし私の場合、冬の八割を風邪で過ごし
その医療費と生産性のダウンを考えたら明らかに差し引き「得」。と言い張る。
最近ますます寒いのが苦手。八月生まれだからか。実は南方の血なのか。

春よ来い!

※加湿器併用は必須、乾燥したら元も子もありません。(廣)

2006/01/15
 新年!心(私の)に突き刺さる作品三つご紹介。

☆DVD[エリス・レジーナ(vo) / グランジス・ノーミス TVクローボ]
 ( Elis Regina : Carvalho Costa )
 そういえば私もなにかのどさくさでプロらしきものになって30年が経った。
エリスを初めて聴いたのもそのころ。
当時ジャズ、ソウル、ファンクといったブラックミュージックが
好きでその辺りばかり聴いていた。
しかしある日聴いたエリスは、一瞬で私の胸の一番奥まで入り込みそして今も居る。
ピアソラ、プグリエーセ、エリントン、モンク、ギル、ロリンズ…
大切な名前を連ねても、なぜかフィルタ一枚少なく心に届くエリス。
歌ならではの力か、ブラジルだからか、いやそれだけとは思えない。
自分のエリスのここを解明するのもこれから。
映像はいくつか発売されている中で、一番良い時期の、良い状態のエリスがいた。
”女”を歌ったJoyce の作品 Essa Mulher / エッサ・ムリエールは珠玉。

☆CD[A Jazzy Profile of JOJO / 高柳昌行(g)]
 音楽はコンセプトごとにきちんと分けて演奏することを信条と
していた高柳(〜91年)。そのことの重要さを再確認させられる一枚。
やり方をはっきりさせることで音楽に軸ができる。
揺るがず、どこをなにを聴いたらいいかが良く分かる。
1970年の録音、30代後半にして巨匠の貫禄。
フリー、ノイズといった作品が多い中、ジャズをストレートに
弾いた貴重な演奏。渋谷毅さんがアレンジというのも歴史を感じる。
師があまりにも大きいので不肖の弟子がコメントしても内輪話にならないところが助かる。

☆絵本[家族なのに / なまこ 作]
 川にワニ、ピラニア、田んぼにかみつき亀…。
いつの間にかどこの国か分からなくなってしまった日本。
世は空前のペットブーム。しかし依然飼い主のモラルは大方低い。
 軽い気持ちで飼ってしまった犬を捨てる飼い主。
その犬の行く末を、捨てられた犬の目線で描いた社会派絵本。
作者の視点は鋭く深く優しく暖かく、多くを語る。
哀しいがたいせつな絵本だ。

以上三作すべて2006/1現在入手可能。 (廣)

2005/12/15  11月上旬、久しぶりに関西に行った。和歌山市と大阪府高槻市。
タンゴのセッションだったので、ガットギターを抱え、スーツケースを転がして歩いた。
新大阪で新幹線から南紀白浜行きの特急に乗り換える。
ホームの売店でちょっと買い物をしようとしているとき、
脇に抱えたギターがなにかに当たってしまった感触。
ふと下を見ると、まだ3〜4歳の女の子が無言ながらも
すまなそうな顔をして会釈をしてくれた。丁寧に。
私もすかさず「あ、ごめんね」。。。
降りる人を待たずに乗り込むことが常識になったそんな
東京から来た私にとっては、なんとも嬉しい瞬間だった。
 和歌山の会場は初めてだが素敵な店だった。ママも。
主催者は8年前にもソロライブを引き受けてくれた人。
「お互い良い時間を過ごしていたようだね。」と美味い酒を呑んだ。
 大阪在来線のPriority Seat はおもしろい。
東京ではシールで貼ってある「お年寄り、けが人、妊婦さん」
などのマークがシートの模様そのものになっている。
座面、背もたれが全面メッセージなので、これならかなり図々しい人でも憚ろう。
 高槻は今回のパートナー柴田奈穂(vln)さんの地元。
私もこの地には知人が多く、再会と出会いを楽しめた。
同い年のマスターと明るいママさんがこの上なくやり易い環境を作ってくれた。
二日間充実した時間を過ごせた訳だが、新大阪駅で女の子に
出会ったときから私にしては珍しく予感がしていた。

 School Concert は楽しみだがハードだ。
前日は9時間に及ぶリハーサル、当日も7時間のライブ。
全員でお互いの演奏を見届け、また半年後に臨む。
集結される人のエネルギーというものの大きさを感じる。
精根尽き果てた私は、記憶がないほど酔った。いつもか。

 翌朝酔いも醒めぬまま羽田に向かう。
「あのころ(川村年勝著)」の出版記念パーティーのために一路小樽へ。
私は旨いもの食いたさに前乗りしたが、
翌当日は「爆弾低気圧」というのが襲来し北日本は大荒れ、
飛ぶものも飛ばないんじゃないかと言うくらいの悪天候。
これもなにかの御啓示とも思ったが、最後はお許し頂き着々と集合。
 脳梗塞から15年、後遺症は残れど奇跡的に回復し新たな活動を続ける。
新旧友人に囲まれての報告お祝い会の様相は無く、
今後の人生の宣言をするかのような会にしてしまう、
著者の強さたくましさを感じた。(廣)

2005/11/27 〜廣木JAZZ SCHOOL 発表会プログラムによせて〜

 世紀がかわって五年経ち、スポーツ界には十代半ばのとんでもない選手が現れ活躍し始めた。
そろそろ音楽界にもしばらく無かった変化が起こるのか。
 私の周りでは歓迎すべき小さな変化が起きた。生徒有志が率先してジャムセッションを始めたのだ。月一回、教室メーリングリストを使って募り、曲を持ち寄り試行錯誤演奏を重ねる。
特筆すべきは、在籍生徒以外も誰でも参加できるように門戸を広げたこと。
とにかくより多くの人と多くの曲をやることで揉まれ鍛えられ、次第に自分に合ったスタイル、
リズムが分かってくる。想定外のことに接したときにどう対処するかをとっさに編み出す、
これが即興の重要課題でもある。彼らの中に指導者はいない。
しかしこれを継続していくうちにそれぞれが自然に良い役割を果たして行くであろう。
エールを送る。

 私は今年何をしたかと言えば、部屋の整理をかなりした。押し入れの中には、布団や大きいもの、絶対使わないけど捨てられないもの以外は入れない!を学習。
「部屋の中は頭の中」(整理整頓について)という話をこれも生徒に聞いて、
納得し安心し内心ショックも受ける。(廣)


2005/10/13  盛岡には伴天連とパモジャというジャズ喫茶があって、
そこに多くの音楽ファンが集まって活気があった。
二人のマスターの啓蒙も大きく影響していた。
大きなコンサートも良く開いて我々を呼んでくれた。
でもその店は今や二軒ともない。時代の波。
しかし音楽好きの仲間達は繋がりだけは絶やさなかった。
9/30 (金) 古澤良治郎(ds) バンド(昔の)@岩手教育会館。
「パモジャ閉店20周年記念コンサート」、なんだこりゃ。
お陰で我々も今回限り25年ぶり再結成バンドとなった。
古澤さんが挨拶で「めでたいんだかめでたくないんだか分かんないけどありがとう!」と。
まったくその通りだ。
コンサートであんなに大勢の懐かしい顔に再会することは先ずない。
同窓会ではなくコンサート会場なのだ。みんな変わっていなかった。
 次の日ソロ@しゅんだった。
お店の雰囲気、良いお客さん、音響と条件が全て揃って、
私は幸せな時間を過ごすことができた。

 10/9 (日) 昼はトミ藤山(vo)さんコンサート@ヤクルトホールだった。
幼少の頃からギター片手に海外、米軍キャンプなどで歌い続け、
その歌声は芸歴50年を超えた今まさに円熟の境地にある。トークもおもしろい。途切れない。
休憩時間も、打ち上げでも楽しい話は止まらない。
宴会が二時間なら二時間、四時間なら四時間それは続く。
午前中に電話をかけると別人のように言葉少なだ。
脳か口を休めておられるようだ。
 同じ日の夜、渋谷毅(p)さん、蜂谷真紀(vo)さんと@ピットインだった。
渋谷さんは最新アルバムのレコーディングも終えられて益々素晴らしい。
この日はピットイン昼の部にも別のバンドで出演なさっていた。
昼夜連ちゃんでもいつも通り(ホントは日増しに凄く)演奏された。
 トミさんの十八番の一つ♪Danny Boy をこの日も一緒にやった。
偶然か、渋谷さんもソロで弾かれた。
どちらもしみじみと深いそれだった。このお二人、同い年でもある。
 この日は私にとってもう一つのテーマがあった。
一日二本の大仕事をこなせる体力があるかどうかの自己診断も兼ねていた。
結果確かにいつもよりは疲れはしたが、聴いて下さる方々、
一緒にやってくれる人たちがそこにいる。
ミュージシャンの幸せを感じた一週間だった。(廣)

2005/09/10  久しぶりの夏のツアーだった。
映画「わたしの季節」の上映会&コンサート。
こういう組合せは経験がない。
古澤良治郎(ds) 飯田雅春(b) 藤沢由二(p) 青木カナ(vo) 、
私と音楽プロデューサー、映画側から、監督、プロデューサー、カメラマン二人、
そして退役軍人のような迫力のお手伝いの方、総勢11人の大所帯。
現地のスタッフを合わせると日々二三十人で行動していた。
各界トップで活躍するスタッフとの旅は、随所に深みを感じる。
山と空、酒一滴、そば一口が格別だ。
 映画にもらったパワーも大きい。
受けた生の境遇はみな平等ではなかった。
障害者である主人公達は当たり前のように生活を送る。
しかしそれは我々の想像を遥かに超えた世界にあった。
我が儘や欲を原動力とする表現者はその不遜不徳を痛感する。
自然と身が入る。
映画の力、みんなのパワー、人の出会いにありがたい、忘れないであろう49歳の夏だった。(廣)

2005/07/25  7月末の朝、起床に向け努力と逃避が交錯する中、
女性の悲鳴が聞こえた。また悪い夢だと思った。
しかしそれは数回に上り、男性の大声も聞こえ始めた。
「あっ!こりゃなんかあったか?!」と外を見ると
数人があわただしく集まり、我が集合住宅の中を指さしている。
10年以上着ている肌着ではあまりにみっともないので、Tシャツに着替え外に出る。
ひったくりらしい。
中年のご婦人が自転車前のカゴに入れたバッグを盗られた。
目の前に通りすがりの男性がいたにも関わらずだ。
そのまま我がビル敷地内に逃げ込んだ。
すぐ大家を起こしたが、ここは簡単に屋上には上がれないと。
どうやら塀を乗り越え隣の地所へと逃げたらしい。
「小学校の方へ行ったらしい!」と誰かが。
向かうか、それともまだここにいるかもしれない、
と迷う次の瞬間、初台駅方向から甲州街道車道上をかけてきた犯人は、
自転車などで追いかけた数人の男達に取り押さえられた。
市民、警官あわせて20人ぐらいが取り囲む中心には、あお向けに拘束された犯人がいた。
憔悴したそいつはまだ若かった。
こいつは元来悪いヤツなのか、それとも困窮の果ての仕業か。
住民の連携は素早かった。これは頼もしい。
しかし、お縄にしたとき、安堵と共にそこにあった、
排斥、抹殺といった空気に一抹の怖さも感じた。(廣)

2005/04/25
 こぶしが終わり、桜が散り、ハナミズキの季節がやってきた。
ここ初台遊歩道には白、赤とあるが、特に赤が良い。冬が寒かったから良いのか。
こんな空気の汚い都心でなぜあんな色を発することができるんだろう。
 あれは花びらではなく「萼(がく)」だという。
だから咲いている期間も少し長いようだ。
花びらじゃなくてもいい。そうじゃなくても綺麗。
複雑な価値観の前に、複雑な想いも巡る。

 私は煮干しダシでみそ汁を戴く。加えて鰹やアジ節なども使う。
小さい頃からカルシューム不足体質だったが、
三十代半ばから食生活を少しずつあらため、今それはほぼ改善された。
カルシューム摂取に必死な頃は煮干しを取り出さずそのまま全部食べていた。
体調によってはちょっと気持ち悪いこともあったが、体のためと思い食した。
最近は取り出す。が、捨てはしない。
 ごま油、みりん、めんつゆ、醤油、そして大量の唐辛子で炒め煮る。
これが旨い。また焼酎に合うこと。
納豆とこれ、私にとってのつまみのベスト2。
おためしあれ。 (廣)

2005/4/9
 初台遊歩道のこぶし、今年は綺麗だった。甲州街道の排ガスにもめげず力強く咲いた。
かつて私の生家にもこぶしの大樹があった。毎年それはそれは見事な咲きっぷりだった。
部屋のすぐ前にそびえ立ち ちょうど今ごろ窓は白い花でいっぱいになった。
その地を離れ、後に通りすがったときにはすっかり造成され、こぶしは無かった。
こぶしを見るたびになぜ守ってやれなかったかと悔やむ。

 作曲家というのはハイドン等のころ、いやもっと昔から
譜面に書いて演奏者や出版社に渡したり、自演したりしてきた。
今の作曲者はそれに加え、一人でコンピュータで音楽を作り、
演奏も録音し、CDなどの音源として納品する時代になった。
永い歴史を考えれば急激な変化だろう。
さまざまなジャンルや形態を疑似体験できる。
バーチャルジャズバンド、バーチャルファンクバンド、
バーチャルシンフォニックオーケストラ、バーチャル民族音楽・・・。
こんなになんでも実現してしまって、もし自分に実演奏というアナログ世界がなかったら、
ますます錯覚と過信に満ちた偏った人間になってるのだろうなと。
デジタルが広がりを示唆し、アナログが自らのリズムを整える。 (廣)

2005/01/22
 なぜかいつのまにかやらなくなって数年。大晦日は数年ぶりにライブだった。
-6度の小樽。札幌、室蘭、そして東京からも聴きに来てくれた。
セネガル出身のミュージシャン三人も「サム〜イ!」と。そりゃ寒いでしょう。
それにしてもあんなに大勢でカウントダウンしたのは初めてかもしれない。
年越しジャズフェスは何度も体験したが、ゴリゴリ演奏して長い曲が終わったら
いつのまにか年が明けていたと言うのが多かった。
今考えれば、それだけみんな演奏に集中しまた尊重もしていた時代だった。
今はもっと多くのサービスを盛り込む。演奏、旨い食事、美味い酒、
そしてカウントダウンも。これで良いのだと思う。
反対に、音楽と最小限の従業員で営業するライブハウスもまだ少なからず残っている。
これもまた良し。
ミュージシャンはどちらに行ってもすることは同じ、できることはひとつ。

 花粉の予防注射をしている。
進行形なのは、週一回か二回で合計五、六回打てば効くとのことから。
1/12、一回目を打った。昼前に打ってだんだん怠くなる。
夕方にはかなりやる気がなくなる。打たなきゃ良かった…。
この日は仕事始めそれも横浜。しまいには熱も出てきて、
体の中で闘いが起きている感じ。
あんな熱が出た状態で運転したのもあまり記憶にない。
なんとか無事に着いて解熱剤を飲んで、食事して、
リハーサルをやったところで体内はやっと休戦状態。
思い出した、こうなるから去年は一回で断念したんだ。
でも今年は史上最大かなどとの噂。三回目を打った。
怠い眠い。一発で効く注射もあるらしいが、
危険なので区内でやっているところは無いだろうと主治医。
クスリで体をコントロールするということの恐ろしさ。
身を守る為に接種するものは努力や気遣いである程度保てても、
環境の影響これはどうしようもない。
幼児期を過ごした生田の山奥が懐かしい。(廣)


 ESSAY

廣木光一が自らの音楽観・社会観・人生観を語るエッセイ。
仮想現実の中の自己完結 1995/6 介護(1) 1998/5
私の生い立ちから 1995/8
 "TANGO IMPROVISADO"ライナーノーツより
介護(2) 1998/7
全員が全員を見届ける 1995/10 リー 1998
ライブハウスに期待すること 1996/2 濃い空白 '98 1998 "So Quiet"ライナーノーツより
私の考えるジャズ'96 1996/2 あした(1) 1999/2
私がギターを始めたきっかけ 1996/6 あした(2) 1999/6
 1996/11 よぎる 2000/11
敷居 1997/2 私の四大ギタリスト<音楽の出どころ> 2001/6
日課1:楽器を支配すること 1997/3 あのころ<リー・オスカー&良治郎バンド> 2002/8
日課2:コピー 1997/5  2004/11
日課3:バンド活動 1997/7 追悼・ギタリスト 大出元信 <不世出の天才リズム・ギタリスト> 2008/7
演奏心得 1997/11